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2012年10月 7日 (日)

国会開設が「天下の公論」につながっているか

先日セミナーにてコメンテーター役を引き受けてくれた 渡瀬裕哉さんに頂いた、東京茶会(Tokyo Tea Party訳の「民選議員設立建白書」を読ませていただきました。

Tokyotea(東京茶会より。同会webにて販売中。)


残念な気持ちでいっぱい!!

 

というのが感想です。

 

建白書提出の経緯に書かれた状況は、現在にほぼ共通します。

 

○納税の義務のある国民の権利が制限されている。

○政治権力はただ官僚にのみ帰属している。

○国家の一大事が国民に知らされないor関心を持たれない(征韓論争すら国民の8,9割は知らなかった)。

 

ただ、違うのは一点、

 

今は既に民選の議会が存在している

 

ということなんです。

 

板垣退助達は上記の現状を打破するため、以下の目的をもって建白書を提出しました。

 

○「国民を啓蒙し、知識を与え、開明の域に進ませようとする」

○「度を越して」従順な国民に「天下のことに参加できるようにする」

○「天下の公論を発展させる」

 

そしてその手段は、ただ「民選議院を開設することだけ」しかないとし、執念をもって取り組みました。

 

その思いがひしひしと伝わってくるだけに、民選の議会が存在した上での今の状況は残念無念でたまりません。

 

確かに国会での議論の場の開設によって国民の知識は増えましたが、「天下の公論の発展」とは遠く、開明な国民の代表である議員がより幸福で安全な社会を達成している、とは言えません。

 

やはり「しくみ」が変わっても結局運用する有権者の意識が変わらなければ効果もなく、逆に「開明」にはなっていない有権者で選ばれた議院によってかえって状況が悪化する、という結果にもなっている事が残念です。

 

帝国議会の時代に戦争に突入した事実や、現在のように民選の議院と内閣が結局は官僚主導の下にある事実を、板垣達はどう見ているのでしょう。

 

そして、いま同様に、「(直接)民選の首相」を実現しようという動きも、運用や有権者の意識次第では、自分が感じた残念さを将来の世代に伝えてしまう可能性があります。

 

だからこそ、「しくみ」の設計をもう一度見直し、まずは機能する議会への取り組みが急務です。こちらのアイデアももう少し詰めていきます。

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