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2006年10月

2006年10月31日 (火)

10月もバタバタと

10月もいよいよ最終日で、振り返ると以前に書いた感じで終わってしまった。

国会、研究、講義、選挙のミックスでそのなかに引越しが加わりバタバタと過ぎてしまった。なかでも引越しが想像以上に時間も労力もかかった。当日はどしゃぶりで、荷物に被せたシートが外れて羽ばたかせながらの作業だった。そのなかで大活躍してくれた若者二人には本当に感謝。打ち上げではなぜかもう一人加わって男四人で無理やり盛り上がった。いよいよ心機一転で楽しくいこうと思う。

講義はアメリカの地方政治や財政、安保の方はアメリカと日本の安保政策や体制についてレクチャーを行った。地方政治についてはクラスに元地方公務員の社会人の方がいるんで、意見を頂きながら日米の比較を進めることができた。また安保の方はちょうど国会でも北朝鮮の核実験に伴う議論が進んでおり、時事問題を含めながら話すことができたと思う。学生からは授業後にもちょくちょく話しかけられる事も増え、結構関心が増えてきたかなと嬉しい限り。

で、選挙の方はいよいよ佳境に入ってきて怪文書も飛び交うほどドロドロしてきた。ただこちらもそれで怯む程ヤワでなく、かえって盛り上がってきているのがすごい。とにかくできる限り大勢の人の声を候補者に届けたいと思う。特に普通に生活していたら気づくことがないかれも知れないのだが、個人ではどうしようもできない不幸に直面している人達がいて、その人達を救えるのは政治だと思う。

しかし今月から始まった伊豆ナンバーはすごい。

車で出かけると、駐車場のおばちゃんはびっくりして他の同僚を呼んでるし、なぜか満面の笑みで切符を切ってくれた取締りの警官まで色々聞いてくる。

061031_izu_no (出所:三島市ホームページ)

できたらナンバーに特産品の絵やらもつけてくれればもっと宣伝になるのでは。

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2006年10月 8日 (日)

10月はこんな感じで

今週は日常にやや変化が。

(一時的だが)再度国会に通うことになったり、大学の講義も本格的に始まり少しバタバタしてきた。国会では憲法論議を進めたり色んなレターや提出物を作ったりと久々の環境に結構身が引き締まる。特にいいのはとにかく情報量が豊富で、様々な団体から陳情も兼ねて多くの報告書が届く。それと事務所のお菓子が食べれる事と野菜ジュースで健康が保てること。

とにかく改めて来るとありがたい環境と再度実感してしまう。ただそれでも本当に国権の最高機関、唯一の立法機関として機能を果たしているかというと正直そうは思えない。議員個人の能力のみならず人員の体制や質の面でも多いに課題が残る。

また久々に大学の講義も。こっちは相変わらず準備に手間取ってしまう。それでもいざ授業になると時間が進むのが遅いな、といつも感じるところ。ま、お互い夏休み明けでまだリハビリ中かな。と油断していると社会人の聴講生の方に鋭いツッコミを入れられてしまう。

今回の講義内容は「アメリカの政治体制と予算作成」について。これらを、日本をはじめ英仏の体制と比較。その際に比較政治の意義という点を受け売りで説明。DCで直接教わったフランシス・フクヤマ博士の話が非常に印象深かったためである。今思うと彼の授業を毎回最前列の真ん中で聴けたのは貴重だったなと感じる一方、ほぼ毎回寝てしまったのは悔やまれる。しかも隣には数少ない日本人の同期で、役所から派遣されてきた伊佐がいつもセットで眠りこけていて印象は最悪だったかも。ちなみに伊佐はその単位を落としていた。。

安保の方は「アメリカの外交・安保姿勢」について。広いテーマなので今回は基本的方針や、特に冷戦後の変化について説明。その際にパウエル元国務長官のインタビュー動画なども紹介しながら講義。寝ている学生はほとんどいなかったものの、反応は相変わらず薄かった。。最近は授業後にいつも誰かしら話しかけてくれるのは嬉しいのだが。。

最後に、週末は相変わらずの選挙手伝いで歩きまくり。朝から夜まで合計7時間以上。日差しも最強で犬も吠えまくり。それでも一緒に歩いてくれる人がいるのは有難い限り。自分の親より年配の方々が朝鮮人参を飲みながら、挨拶周りをしてくれている。こういう人がいてこそ政治って成り立つんだなと久々に痛感。

061007 (昨日も)061008 (今日も)

しばらくこんな一週間になりそう。これに加わるのは大学院の研究ぐらいか。プライベートはいうと悲しい限り。でも全ては自分の責任だから。最近なぜかチャゲアスの「プライド」や大事マンブラザーズバンドの「それが大事」を口ずさんでしまうこの頃です。古い。

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日本のエネルギー外交

がかなり窮地に立たされている。東シナ海のガス田開発は動かず、ロシアでのサハリン2計画は停滞し、イランのアザデガン油田開発は遂に権益をほぼ失うことになってしまった。

ま、アザデガンは元々バイバック契約という不利な条件に日本が飛びついて、それで更に権益確保に失敗した話なのだが。以前のカフジ油田などの契約に比べ契約期間が56年と短く、オペレーターシップもイランに取られてしまう。

しかしこれから海外での権益を拡大しようとする時に、イランやロシアのような外交上難しい地域しか残ってないときに果たして大丈夫なのだろうか。

というような内容を夏の間英語で書いていて、一旦は提出先の媒体が無くなるという憂き目にあったものの、何とかFar Eastern Economic Reviewに拾ってもらった。本当に助かった。しかも今回も唯一の日本人。ただタイトルと概要だけ見ると結構政府に批判的なように捉えられそうで恐いけど。前回号は経済産業省の審議官が投稿していたし、確実に関連省庁が読んでいる気が。。元の外務省系の提出先だったら更に問題になってたかも知れない。

061006_feer (雑誌には一応写真も載っているものの購読者しか見れず。)

ちなみに同誌はアジアでは結構読まれていて、今回は発売と同時にタイの友人から連絡が来た。彼とは留学時代に女の子の話以外した覚えがないが、実はタイでは有名な経済キャスターだったりする。しかもお父さんは中央銀行総裁で今回のクーデターでは次期首相候補に名前が挙がったほど。で、結果として今回は副首相になった。という事で友人には大いに期待しているしこちらも刺激される。すごい女好きだったけど。。

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