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2006年4月

2006年4月27日 (木)

CSISシンポジウム

月曜は朝のエネルギーゼミのあと、午後から久々に外部のシンポジウムへ。

ワシントンDCのCSISというシンクタンクと日経の共同開催だった。ソフトパワーで有名なJoseph Nyeや我らが先輩Michael Greenといった日米同盟の立役者が揃っていた。

060427_csis (写真: 第2回 日経・CSIS共催シンポジウム)

感想は・・久々に英語が聞けて嬉しかったのが一つ。しかも1000人ぐらい入ってそうな広い会場がぎっしりで「立ち見かな」と思って所、なぜか偉そうな人が前に案内されていくので付いていったら一緒に二列目の「関係者席」に座らせてもらった。偶然その前に知り合いが座ってたんで声掛けたら「なんつー格好だ」と指摘され、確かに周りは紺のスーツを来た中年の方ばかりで、迷彩服にオレンジのリュックというスタイルはかなり浮いていたよう。

内容は「日米中の今後」がメインテーマで、「日米は良いけどもう少し具体的な戦略を検討しようよ。あと日中の関係が悪いのは米も心配している。日本は靖国にこだわってないで包括的なビジョンを持つ必要があるね。」といったのが大まかなところ。東アジア共同体については「各国のギラついた思惑も考慮するとアメリカの関与が必要だと思うが、日本が頑張ってくれればそれを支援したい。でも頼りないが。」といったニュアンスだった。全体的にそんなに突っ込んだ議論はなかったが、振り返ってみるとやはりGreenは日本の状況や意見を良く理解してるなと感じた。

久々の国際関係の議論は慣れた分野だけに分かりやすい。でも実はもっと面白かったのはその夜にNHKで放映されたサイボーグ技術に関するドキュメント。立花隆氏が映画監督の押井守氏やロボット工学者の川人光男氏、河合隼雄氏との対談を行いながらサイボーグ技術の進歩と人間の変化を説明していたのだが、実に衝撃的だった。前期の授業で少し聞いた、視覚を失った人にメガネに装着したビデオカメラの映像を直接脳に送る、といった装置も実際の使用状況を見てしまった。また更に驚くのは、脳の働きだけでロボットを動かしたりネットワークを経由して遠隔操作が出来たりもしてしまう点だった。

そして最後に行き着くのは軍事化への懸念であり、実際にDARPAが開発しているというリモート・ラット(ネズミの脳を乗っ取りカメラ等を装着する事で好きな所へ操作できる)や兵士のモビル・スーツ化はまた戦争の形態を大きく変えるな、と感じた。行き過ぎじゃないか、とも思ってしまうが彼らにしてみれば「自分達がやらなければ必ず誰かが同じ事を開発する。その方が脅威だ。」という信念というか脅迫感から取り組んでいるようだった。常に戦いは続いてるんだな、と現実を垣間見ることができた。

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講義(アメリカの位置付け&冷戦後の安保)

ちょっと遅くなったが前回の授業を振り返る。

一番残念だったのは何故か今さら花粉症がぶり返しティッシュ片手で授業を行ったこと。。

060427_toire (出所: 紙のまち 富士市)

内容は、アメリカの授業については経済やら外交からに関する幾つかのデータを挙げながら国際比較を行い、最後に皆に「国力について」考えてもらった。毎年この時期になると出てくるのがIMDの世界競争力レポートであり、そこでの評価項目も気になるところ。確か少し前に日経でもNIRAが「国力とは何か」みたいな事について連載していた。もちろん「軍事」と「経済」は重要な評価基準だが、加えて「価値」という数字で示せないような点も重要になってきている。IMDや世界経済フォーラムなんかの評価をチェックしながら、できたらそれらの基準にも重要性の違いを加える必要があるな、と考えてみる。

安保の授業は、花粉症がさらにひどくなりながら、「冷戦後の安保情勢」について。冷戦の前後および9.11の後でどう変わったか、という話。最後に「脅威」について皆に尋ねてみたのだが尋ね方が悪かったようで、財政やら環境、歴史問題といった「問題」を挙げる学生が多かった。改めて脅威と言われても、やはり定義が難しいらしく広く捉えすぎてしまったか。それだと自分が苦しんだ花粉症も立派な脅威になる。鼻かみすぎて真っ赤になっちゃったし。。はっきり「軍事的脅威」と説明すべきだったと反省。次回再チャレンジしてみることに。しかしこの点は政策当事者でも曖昧なところがあり、実際今回の前原発言で議論になっていた。その点アメリカではThreatだけでなくRiskという言葉があり、比較的定義が分かりやすかったな、と院の授業を思い出した。

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2006年4月17日 (月)

2年目の講義始まる

だいぶ間が空いてしまったが、その後政策空間へ投稿したり大学院のゼミにも通うのと合わせ、地元の大学での講義も再開。キャンパス内ではチアリーダーがデモ演技してたりしてこちらもフレッシュな気持ちになる。

060416_fujisan  (写真:文化庁)

まずは経済の講義ということで久しぶりにややドキドキしながら教室に入ると、今年は更に人数が増えて60人以上が出席。また今年から社会人の聴講生の方もいて、こちらも内容しっかりしなくちゃなとやや気合が入る。

今回はイントロダクションという事で、アメリカ経済の抱える課題について簡単に説明。貿易赤字や国債の増加などについて触れたところ、結構素朴な質問がかえってきた。そこでも社会人は大学生とは知識欲が違うようで、早速文芸春秋のプレストウィッツの記事について指摘された。要はアメリカが大量に国債を発行することで暴落の危機があるのでは、ということ。しかし金融や通貨は必ずどこかで自分のところにも繋がってきており、国債が暴落してドルが急落したら今度は円高となる日本が窮地に陥る。そこの所を無視して97年にも橋本総理が米国債を手放すようなことを口走り、アメリカで厳しいバッシングにあっていた。

その後は安保の講義で、こっちは何故か人数が減って20人ぐらい。教室は去年よりだいぶ綺麗になったのだが、学生は始める前からぐったりという感じ。一応イントロという事で、「総合安保とはなんぞや」という話をすこし。と言いつつ概念が広すぎて明確な定義もはっきりしないのだが。とりあえず大平首相の構想から話してみると、実は冷戦中だった当時と日本の課題は全然減っていないしほとんどが当てはまる。軍事では自助努力、同盟強化、国際環境の構築といった基本に基づき、エネルギー、食料等で自給率を高めるという目標は全く達成されていない。うーむ。それにしても環太平洋連帯構想といい、大平首相もしくはそのブレーンは一般の評価に比べて結構大したものだったな、と再認識。

帰りは生徒に書いてもらったコメントや新聞を読みながら帰京。しかし財政への関心・心配は日米ともに非常に高いものがある。日本なんか今や国と地方の借金合わせて1000兆円超えようとしているんだから当然か。よく覚えているのが自分が留学用のエッセイを書いていた時が666兆円で、その時も返済は絶望的だと思っていたんだが。。

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